2022年5月31日(火)
11:00~12:00(日本時間)
本セッションでは、コロナ禍でも中国とASEANの経済的結びつきが更に強まっている実態を最新のファクトと調査・分析結果に基づいて明らかにしていくとともに、そうした状況下で、日本の産業界、各企業が、今後どのように、東南アジア地域を中心にグローバルビジネスを展開にしていくべきかについて、有識者を交えて議論を行った。
冒頭、経済同友会 副代表幹事、JSR㈱ 名誉会長である小柴氏が基調講演を行った。世界秩序の長期循環の中で2010年代後半から転換期に差し掛かっており、また科学技術面でも2020年代半ばに革新的な進歩を遂げて社会構造が変わる大きな転換期にあるとの問題意識をもとに、企業経営者は経済安全保障の当事者であるべきという提言を経済同友会が2021年4月に行ったことを紹介。
続いて、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社の邉見氏の講演では、昨年の日ASEANビジネスウィークでの発表内容からの更なる進捗を紹介。コロナ禍でも、東南アジア各国経済の中国との貿易への依存度が高まっているファクトを紹介するとともに、日本企業からは見えにくい中国企業の動向として、「見えない需要への投資」、「見えない場所への投資」、「見えないパートナーへの投資」があるという見方を提示し、具体的な業界で見たケースを紹介。今後の日本企業の進路のヒントとして、日本企業とグローバルマーケットとで、5つの認識のズレがありうるということを披露。
上記の講演内容をベースに、国際政治学の専門家である慶應義塾大学教授の神保氏も交えたパネルディスカッションが行われ、次のようなポイントを中心に、日系企業の今後のビジネス検討する上で、示唆に富んだ議論が展開された。ASEANは国ごとに違いが大きく、それぞれの違いをよく見ながらビジネスの仕方、枠組みの作り方を考えていく必要があること。2030年頃にはASEAN10カ国合計のGDPは日本を追い越す規模になり、対等なパートナーとして協力を考えていく視点の重要性。経済安全保障への対応として、産業界と政府の対話の場を、日米だけでなくASEANにも展開することの必要性。利己的に動く中米欧という3大経済圏の中である日本とASEANという視点の中で、多国間連携を繋ぎ止める杭として非常に重要な位置にあること。相対的によく分析する中で日本が東南アジアに貢献できる強み、スペシャリティを見極めることの重要性と、候補となる分野として、量子技術をもとにした次世代計算基盤、高速通信、バイオ技術、人間を大事にする社会が挙げられた。また、先が見通せない今の時代には、ASEANとの関係も含めて、決断を早くしすぎず、経営オプションをできるだけ増やしておくことの大事さも指摘された。
[小柴 満信(経済同友会 副代表幹事、JSR㈱ 名誉会長)]
40年ほどJSRで半導体サプライチェーンを含む先端分野、素材産業の育成に取り組み、2009年からは経営者として自社の事業ポートフォリオの変革を通じた企業成長と企業価値の向上に取り組んできた。世界各地域における事業進出や設備・戦略投資の意思決定について、市場成長や動向だけでなく、地政学的な分析を長期の経営戦略や意思決定の中に取り入れてきた。
経済同友会では経済安全保証と先端技術を担当。経済同友会は、2021年の4月に、「時代は変わった。そして日本企業は今非常事態にいると認識すべき」という主張のもと、『強靭な経済安全保障の確立に向けて-地政学の時代に日本がとるべき針路とは-』という意見書を提出した。その根本にある問題意識は、2010年代後半に世界秩序の長期循環が、地政学者や投資家などから見ても、大きな転換期に差し掛かっているということ。
また、2018年に経済同友会が提出した意見書にあるように、科学技術は2020年代半ばに革新的な進歩を遂げて社会構造が大きく変わるという問題意識、また、2020年代は不確実でボラティリティの高い状態が続き、経済や先端技術が武器として用いられる状態が続くという危機感を抱いており、それが現実になっている。
2000〜2010年代のグローバル化・自由主義経済の時代は終わりを遂げ、国家、国土、国民などの安全が確保されて初めて我々の企業活動が成り立つという、今まで当たり前だったことを考えなおす2020年代になった。2021年4月の提言では、経営者は、経済安全保障の当事者であるという意識を持つべきであると踏み込んだ提言を行った。
米中欧の三大経済圏は公助を語りつつも、自国や自地域中心の経済政策、ルールづくりを進めている。このような世界のパワーバランスの中で、日本はとても難しい立場に置かれている。これはASEAN含むインド太平洋諸国、そして同地域で活動する企業にも当てはまる。
本日は主にASEANと日本に絞って、このような世界情勢の中、日本にとって経済的・文化的な結びつきが強いASEAN諸国との共存の方向性を、識者の皆様と意見交換し、私自身もASEANに対しての知識をさらに深めたい。
[邉見 伸弘(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員・パートナー/チーフストラテジスト、モニターデロイトインスティチュート リーダー)]
昨年の日ASEANビジネスウィークで著書の「チャイナ・アセアンの衝撃」をベースに話して以降、世界が直面している状況やこれをASEANの中でどのように受け止めていったらいいのかについてお話をしたい。
「チャイナ・アセアンの衝撃」についてポイントを4点ほど簡単に振り返りたい。
1つ目は、「China ASEAN経済圏」。コロナ禍でも、中国と東南アジアの経済的な結びつきがマクロでもミクロでも強くなっている。中国の双循環政策のうち、ASEANと繋がっていく外循環政策では、東南アジアの都市を起点とした結びつきが強まっている。これらの都市は2030年には日本の政令指定都市の経済規模を上回る見込み。これに伴いローカル大企業も台頭してくる。
2つ目は、直前の話とも繋がる「China ASEANを先導するギガ都市」。都市群という面の視点が重要で、中国内では、北京経済圏や上海経済圏だけでなく、深圳などのグレーターベイエリアや重慶・成都など西部の都市群も意識する必要がある。これらのエリアと東南アジアのメコン地域は高速道路等でつながり、物流が飛躍的に改善している。これを背景にeコマース、ライブコマース等で非常に活況であり、China ASEANの都市間での経済連携が深まっているといえる。
3つ目としては「進化する越境EC」。道路・鉄道などのインフラが整うことに加え、中国資本や東南アジアローカルのECプラットフォーマーが組み合わさり双方向のビジネスが活発化している。
また、4つ目としては、「華僑・華人ネットワーク」がある。これらの新しい動きの中心にも華人・華僑がいて、新しい世代の華人華僑ネットワークというところにも注目しておく必要がある。政官財学のコミュニティが繋がっていて、情報が早く集まり、意思決定が早くなっている側面もある。
こういった去年話した内容を踏まえて、何が進んだのかを説明する。まず、中国の貿易相手としてのASEANの重要性が上がってきているということ。2020年にはEUを抜いてトップになり、直近の2022年1Qも非常に伸びている。一方で、日本は、中国の貿易相手としては、2021年まで、ASEAN、EU、アメリカに続いて第4位だったが、2022年の1Qには韓国に逆転された。中国視点でのこうしたマクロ経済の状況は頭の中に置いておく必要がある。
ASEAN視点での中国との結びつきも強まっている。「貿易における対中依存度」と「GDPに対する貿易の規模」は、各国とも、2018年から2021年の3年で上昇している。つまり、ASEAN各国経済は、中国との貿易への依存度が高まり、経済関係が深まっている。
コロナ禍で、日本企業から見えない世界で、ビジネス面で加速した点について3つ触れたい。
1つ目は、経済成長の不確実性が高まる中、見えない需要へいかに投資をできるか。中国企業は、将来起こる成長、新しい商品にも先行投資を積極的に行なっている。
2つ目は、地政学上の不確実性の増加、すなわち、相手が見えるか見えないか。東南アジアでは、中国の工場が建っていなくても、先ほど説明したように物流が改善して繋がっていて、工場は中国にあって運ばれてくるものが増えている。東南アジアから直接見えない場所での投資も重要なポイントになってきている。
3つ目は、サプライチェーンの不確実性が高まる中、パートナーとの組み方、見えないパートナーへの投資という視点も重要。中国企業はバリューチェーンを組む上で、日系も含めてナンバーワンのパートナーとうまく組んでいる。
中国の製造業を見ていく上で、少し分類を整理しておきたい。業界集中度の高低と成長産業か成熟産業かという二つの要素で分類すると、業界集中度と成長性が高い方から順に、「コア素材産業群」、「加工組立産業群」、「生活関連産業群」、「重厚長大型産業群」と大きく区分けできる。中国の進出形態をこれに合わせて整理すると、「コア素材産業群」は中国国内で競争し、付加価値が高い分輸送費割合が低いため、それを中国からASEANに輸出していくというパターンになる。「重厚長大型産業群」は運ぶには重くて輸送コストが高いので、地産地消型でASEAN現地で生産するパターンになる。この間には、車などの「加工組立産業群」や、「生活関連産業群」があるが、これらは輸出型と現地生産型のハイブリッドになる。今回は、「コア素材産業群」のEVバッテリーセパレーターと、「重厚長大型産業群」のセメントをケースとして見ていきたい。
まずセパレーター業界の事例。中国系のセパレーター企業の戦略について、先ほどの「見えない需要への投資」ということで、EV電池の技術進化の先を見据えてセパレーター事業はピークアウトすると見て、例えばアルミフィルムという新しい商材への先行投資を既に実施している。また、「見えない場所への投資」という観点では、生産拠点は中国国内の雲南省に集約し、ASEANを市場として捉えて、輸出していくモデルをとっている。これは東南アジアからは見えない動き。また、「見えないパートナーへの投資」という観点では、自社自体は製造に特化をしていくが、ヨーロッパ、日本、韓国の原材料、機械、技術のトップメーカーと提携をしていく方針をとっているのがユニーク。そして、その過程の中で工場の生産キャパシティを先に抑えて追随できなくしてしまうという戦い方がポイントになっている。
続いてセメント業界。「見えない需要への投資」では、工場を作っていく段階でごみ焼却やCO2の排出抑制など、後で環境規制が強化されたときに対応しやすいことも考慮に入れて投資している。「見えない場所への投資」では、東南アジア内でタイやインドネシアだけでなく、ベトナム、フィリピンやその他の国にも先行して投資を進めている。「見えないパートナーへの投資」の面では、技術面で日系や欧州メーカーとの技術提携を加速して勝ち筋を探っている。
最後に、両業界のコストの観点でも見ていくと、両産業について、日系企業と中国系企業で大きな生産コストの差がある。セパレーターでは2〜3倍、セメントでは4〜5倍の価格差がある。こうしたコスト差があり、中国系企業のグローバルシェアが上がっている中で、いかに日本勢が戦っていくのかをファクトベースで考えていかないといけない。
厳しい状況ではあるが、日本の産業が東南アジア、そして世界で勝っていくために、ヒントとして、日本企業の事業環境認識に対するズレがある可能性を認識してみることがあるのではないか。
1つ目のズレは東南アジアを生産拠点とのみ考えている傾向がないかという点。中国や欧米は、市場が豊かになってきて、都市の購買力向上を魅力と捉えている。
2つ目は、品質、技術が良ければ勝てるという点。技術だけではなく顧客や生産基盤を抑えることの重要性が認識できているか。
3つ目は、技術を守って価値を維持しようと考えすぎ、技術がいずれ陳腐化する点を見落としていないか。
4つ目は、組み方で日系連合でいくのか、グローバルのトップと組むのかという点。
最後には、長期目線でのパートナー関係構築を優先するか、事業やディール単位で経済合理性の追求を優先するかという点。
こういった点について、日本がどこを狙って戦うべきなのかは議論のポイントになると考えている。
<1st トピック:China ASEANの関係の更なる深まりについて>
●小柴
●神保 謙(慶應義塾大学総合政策学部 教授)
<2nd トピック:日本企業の取るべき方向性、ASEANからの期待>
●神保
●小柴
●邉見
<3rd トピック:日本とASEANとのイノベーションハブ>
●小柴
<4th トピック:タイ在住視点での経験>
●神保
<5th トピック:クロージング>
●邉見
●神保
●小柴